労災事故で1930万円の損害賠償請求を受けた事件について、270万円の支払いによる勝訴的和解をした事例
弁護士・中小企業診断士の荒武です。
今回は、製造業を営む企業の労災事故について、会社の代理人として訴訟の対応をしたケースを紹介します。
会社が請求を受けた金額は約1930万円でしたが、最終的に、会社が270万円を支払うという勝訴的和解をすることが
できました。
目次
ご相談者のA社は、鋼材の切断、販売等を行う会社でした。
A社に勤務していた従業員Bは、以下のような事故に遭い、負傷しました。
Bは、鋼材にワイヤーをかけ、クレーンで吊り上げて運ぶという業務を行っていました。
このようにクレーン等で重量物を吊って運ぶ業務を「玉掛け」と言います。
ある日、Bが玉掛けを行っていたところ、吊っていた長尺の鋼材がBの左足の上に落下しました。
その結果、Bは左足の甲を骨折しました。
Bは労災保険から治療費と休業損害を受け取りました。
また、Bの左足には後遺障害が残ったため、Bは労災保険から後遺障害による慰謝料も受け取りました。
その後、Bは、労災保険からの支払いでは不足であるとして、A社に対して、約1930万円の支払いを求める
損害賠償請求訴訟を提起してきました。
当事務所は、訴訟の対応についてA社より依頼を受けました。
弁護士がA社の代理人として、裁判所に提出する書面の作成や証人尋問などを行いました。
その結果、裁判官は、こちらの主張を認め、A社に有利な和解案を提示しました。
最終的に、A社がBに対し、請求金額の約14%である270万円を支払うという勝訴的和解を得ることに成功しました。
訴訟開始から和解成立までの期間は1年9カ月でした。
裁判での主な争点は、以下の3点でした。
・Bの過失の程度
・Bの適正な治療期間
・Bの後遺障害の内容・程度
以下、順に、対応内容と結論を解説します。
今回の事故で落下した鋼材は10メートルの長尺のものでした。
長尺の鋼材は、中心を把握するのが難しいため、2本のワイヤーをかけて吊り上げなければなりません。
また、鋼材を吊った下に足を入れてはいけません。
これらのことは、玉掛けにおいては常識です。
しかし、Bは、鋼材を1本のワイヤーで吊り上げ、鋼材の下に足を入れていました。
そのため、バランスが崩れて、鋼材がBの左足の上に落下したのです。
弁護士は、裁判において、以下のような点を指摘しました。
・Bが20年以上の玉掛け経験を有していたこと
・Bが玉掛け資格を取得していたこと
・Bが入社面接の際、豊富な経験と知識をアピールしていたこと
・A社は、ワイヤーを2本セットにした状態で作業場内に設置していたこと
弁護士は、Bの履歴書、玉掛け講習の教科書などを証拠として提出し、Bが鋼材を1本のワイヤーで吊ったことがいかに
危険かつ非常識な行為であるかを強調しました。
Bに対する尋問では、Bのこれまでの経歴について質問を重ね、Bが一貫して玉掛けの仕事に従事してきたことを証言させ
ました。
A社役員に対する尋問では、以下のような証言を得ました。
・Bが玉掛け資格と豊富な経験を持っていたため、即戦力として期待していた。
・Bの隣には若手社員を配置しており、Bによる指導を期待していた。
Bの代理人弁護士は、A社がBに2本吊りを指導しなかった点に責任があると主張しました。
この主張に対しては、
「玉掛け資格取得者に2本吊りを指導するなど、自動車運転免許の取得者に『赤信号では止まるように』と指導するに等しい」
と反論しました。
最終的に、裁判官はBにも40%の過失があると認定しました。
一般に、裁判官は、社内で起こった労災事故について、労働者救済を優先する傾向があります。
その中で、「A社:B = 60:40」という責任割合は、裁判官がこちらの主張を十分に認めた結果と言えます。
Bは事故後1年間にわたって治療を続けました。
慰謝料の金額は治療期間に応じて決まります。
Bは、A社に対し、1年間の治療が適正であることを前提に、その期間に相当する慰謝料を請求してきました。
弁護士は、病院からカルテの開示を受け、カルテの記載内容や治療経過を分析しました。
その結果、以下の事実が明らかになりました。
・事故から5ヵ月時点のカルテに「症状固定」との記載があること。
・6ヵ月目以降のカルテには、「NP」(=No Problem)と繰り返し記載されていること。
・事故から5ヵ月間は、毎月、レントゲンを撮っていたが、6ヵ月目以降は一度もレントゲンを撮っていないこと。
「症状固定」とは、これ以上よくならないということです。
つまり、医師は、適正な治療期間は5ヵ月と判断しており、その後は実質的な治療を行っていなかったのです。
弁護士は、上記カルテの記載や治療経過を根拠に、Bの適正な治療期間が5ヵ月であると主張しました。
最終的に、裁判官が認めた慰謝料は5ヵ月分に相当する金額でした。
A社の主張が全面的に認められたのです。
Bは、事故によって足首と足親指の関節に「可動域制限」が生じたと主張していました。
「可動域制限」とは、関節の動く範囲が狭くなる症状です。
労災保険も、Bに可動域制限の後遺障害が残ったと認定し、その後遺障害に基づく慰謝料を支払っていました。
労災保険における検査結果をみたところ、確かに、Bの足首と足親指に可動域制限が生じていました。
しかし、労災保険では、治療経過を把握していない担当医が検査を行い、その日の状態だけを根拠に後遺障害を認定します。
そのため、後遺障害の内容がカルテに現れた治療経過と整合するか、詳しく調査する必要がありました。
弁護士はカルテを含む医療記録を丁寧に調査しました。
その結果、労災保険における医師面談の1ヵ月前にBの通院先の医師が行った検査では、Bの可動域は十分に広かったことが
判明しました。
弁護士は、通院先の医師の検査結果と労災保険の検査結果を表にまとめ、可動域に関する数値の変遷が不自然であると指摘
しました。
最終的に、裁判官は、労災保険の認定を覆し、Bに可動域制限の後遺障害が残ったとは認められないと判断しました。
裁判官は、主な争点のすべてにおいて、A社の主張を認め、A社に有利な内容の和解案を提示しました。
このような状況で、結局、A社、Bともに和解案を受け入れ、和解が成立しました。
会社は、従業員が安全に業務を遂行できるように配慮する義務(安全配慮義務)を負います。
そのため、社内で発生した事故については、安全配慮義務に違反したとして、会社が責任を負うのが原則です。
しかし、従業員が会社の指導に反して、危険な方法で業務を遂行していた場合、全責任を会社に負わせるのは不公平です。
また、会社が負う責任は、真に必要な治療、補償の限度でなければなりません。
負傷した従業員は気の毒ですが、会社が全ての責任を負うものではないのです。
従業員に生じた損害について、会社と従業員の適正な負担割合を決めるためには、双方の弁護士が主張を尽くし、公平な第三者(裁判官)に判断を求めます。
賠償すべきものは賠償しなければなりませんが、適正な賠償の範囲を決めるため、会社としての言い分も裁判官に十分に伝える
必要があるのです。
今回のケースでは、訴訟におけるBの請求金額から1660万円の減額に成功し、A社が支払ったのはBの請求金額のわずか
14%でした。
労災事故が発生した場合、従業員側の責任の有無、治療内容や治療経過等についても十分に分析検討する必要があります。
当事務所では、所属弁護士の過去の経験から、交通事故の損害賠償請求を多数扱っています。
交通事故と労災事故は損害についての法律上の考え方が同じです。
そのため、労災事故が発生した際は、損害論について精通した弁護士に相談することをお勧めします。
社内で事故、事件が発生したときは、お早めにご相談ください。
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弁護士・中小企業診断士 荒武 宏明