飲食店の残業代に関する紛争について、勝訴的和解をした事例 - 大阪市で労使、飲食、M&Aに関する相談は「findaway法律事務所」へ

 

飲食店の残業代に関する紛争について、勝訴的和解をした事例


 

弁護士・中小企業診断士の荒武です。

 

今回は、飲食店における残業代請求の対応についての実績を紹介します。

 

退職した元店長から317万円の残業代を請求する訴訟を提起されたケースについて、50万円の支払いによる勝訴的和解を勝ち取りました

 

 

 

1 事件の概要

 

ご相談者のA社は、東日本の主要都市で複数の居酒屋を経営する企業です。

 

新型コロナウィルス感染拡大のもと、A社は一部の店舗を閉め、その店舗の店長であったBさんを他店舗に配転しました。

しかし、Bさんは間もなく退職し、外部のユニオン(いわゆる合同労組)に加入してA社に未払賃金(残業代)を請求しました。

 

A社は、残業代はしっかり支給しており、未払いは存在しないという信念のもと、ユニオンと交渉を続けました。

しかし、交渉が決裂し、Bさんは、A社に対して、未払残業代約317万円を請求する訴訟を提起しました。

 

この訴訟の対応について、当事務所はA社よりご相談を受けました。

A社が遠方でしたので、ご相談はZOOMを使って行いました。

 

 

 

 

2 解決結果

 

弁護士は、A社の担当者と綿密な打合せを行い、十分な証拠を収集して、詳細な反論を行いました。

その結果、A社がBさんに50万円を支払うという、A社にとって勝訴的と言える内容の和解を得ました。

和解までの期間は、訴訟提起からわずか4ヶ月でした。

 

 

 

 

3 対応内容

 

⑴ 本件の争点

 

本件の主要な争点は以下の2点でした。

 

① A社が導入する固定残業手当が有効か

② Bさんの労働時間

 

 

Bさんは、①②の争点について、訴状で以下のとおり主張していました。

 

① A社の固定残業手当は無効であり、Bさんは一切残業代の支払いを受けていない

② Bさんは毎日午前3時頃まで働いていた

 

 

これに対し、A社は以下のとおり反論しました。

 

① A社の固定残業手当は有効であり、未払いの残業代はない

② 店舗は午前0時閉店であり、後片付けを入れても午前1時には退社できる

 

 

 

 

⑵ 答弁書の作成に向けた打合せ

 

被告となったA社は、訴状に反論する答弁書を提出する必要があります。

 

A社は、コロナ対応に追われている状況でしたので、できるだけ早期に訴訟を終えたいと希望していました。

そのため、証拠を出し惜しみせず、早期に詳細な書面を提出することで、一気呵成に裁判を終わらせてしまおうという方針になりました。

 

弁護士とA社の担当者が、ZOOMの画面共有機能などを用いて、繰り返し打合せを重ねました。

 

 

 

 

⑶ 争点①-固定残業手当の有効性

 

固定残業手当とは、残業代を固定額で支払う手当のことです。

 

固定残業手当の具体的な内容については、以下の記事をご参照ください。

固定残業手当は有効か?

 

 

固定残業手当が有効と認められるためには、通常の労働時間の賃金(基本給など)と固定残業手当の部分が明確に区別されている必要があります(明確区分性)。

 

また、従業員が「自分が残業の対価として固定残業手当を受け取っている」ときちんと理解している必要があります(対価性)。

 

A社は、労働条件通知書と給料明細に「役職給」と記載して固定残業手当を支給していました。A社の賃金規程にも、定額の残業代を役職給として支給することが記載されていました。

しかし、それがどのように算出された何時間分の残業代なのか、はっきりしませんでした。

 

A社は、全従業員について、どのような計算式で役職給(固定残業手当)を算定しているのかを示す、数式の入ったエクセルファイルを保存していました。

しかし、そのエクセルファイルは内部資料であり、従業員には開示されていませんでした。

 

A社の担当者によると、口頭では賃金の仕組みを説明しており、Bさんも理解しているはずとのことでした。

しかし、もしBさんが「聞いていない」と主張すれば、こちらが不利になります。

 

以上のとおり、明確区分性及び対価性の観点から、法的には、A社の固定残業手当の有効性は危ういものでした。

 

 

 

 

⑷ 争点②-Bさんの退勤時間

 

A社の店舗は、午前0時閉店でした。

タイムカードを見ると、A社の主張するとおり、Bさんは午前1時前後には退社している様子でした。

しかし、Bさんは、「料理長の新メニューの試食会が午前3時頃まで続いていた」などと具体的なエピソードを交えて、実際の退社時間がもっと遅かったと主張していました。

 

しかし、閉店後の作業内容を考えても、午前3時まで行う分量の作業などありません。

コロナの影響による飲み会の減少で、午後11時頃に閉店することもある状況でした。そのような中で連日午前3時に退社していたという主張には強い違和感がありました。

 

 

 

 

⑸ 答弁書の作成

 

争点①-固定残業手当の有効性については、以下のような点を指摘しました。

 

・Bさんの固定残業手当の算定方法の具体的なメカニズム

・賃金規程、労働条件通知書の記載内容

・合同労組の交渉段階では、退社時間のみが争点となっていたこと

・Bさんの賃金がかなりの高額であり、追加で賃金を受け取る場合、役員報酬を超えること

 

A社において、固定残業手当の明確区分性、対価性を意識した設計、運用ができていなかったことは事実でした。

しかし、Bさんの賃金からして、A社が従業員に不合理なことをしていないことは明白でした。また、A社も自身の正当性を強く信じていました。

 

 

争点②-Bさんの退勤時間については、以下のような点を指摘しました。

 

・閉店後の締め作業が長時間を要するものでないこと

・コロナの影響による売上低迷、集客減少

・料理長の試食会が過去2年で2回しか開催されていないこと

 

証拠資料が不足する難しいケースでしたが、いずれの争点についても可能な限りの証拠を収集し、答弁書で十分な反論を行いました。

 

 

 

 

⑹ 第1回の裁判期日

 

遠方のため裁判はWEB会議システムを用いて行われました。

Bさん本人も裁判に参加していました。

 

弁護士は、口頭で答弁書の補充を行いました。

法的評価はともかくとして、A社は全従業員に対して適正な賃金を支給しているという点を特に強調して裁判官に説明しました。

A社の賃金は、外食業界を見渡してもかなり高額だったのです。

 

また、A社はコロナのために店舗縮小や業務効率化を進めていました。その中で特定の従業員に対してのみ追加の金銭を支払う場合、他の従業員にも影響が生じ得ることを指摘しました。

他の従業員には、Bさんの元同僚が多数いました。

 

第1回の裁判期日から、かなりの時間をかけて、踏み込んだ議論を行うこととなりました。

結果的に、裁判官の介入もあり、Bさん側も和解による早期解決もやぶさかではないと述べるに至りました。

 

 

 

 

⑺ 和解成立

 

第1回の裁判期日後、裁判外で、弁護士同士で電話協議を重ねたました。

その結果、第2回の裁判期日で、A社からBさんに50万円を支払うという合意に至りました。

 

この金額は、A社の主張を前提とする方法で算出した金額とほぼ一致しており、勝訴と言ってよい内容の和解でした。

また、訴訟提起からわずか4ヶ月、2回目の裁判期日で和解するというスピード解決でした。

 

 

 

 

4 弁護士の見解

 

私は、未払残業代には、「支払うべきもの」と「争うべきもの」の2種類があると考えています。

 

従業員が長時間労働しているにもかかわらず、いわゆるブラック企業が残業代を支払っていないというようなケースでは、当然、未払残業代を支払うべきです。

 

未払残業代を早期に清算した上で、長時間労働を抑制するための施策を検討することに注力すべきです。

理想論かもしれませんが、それが真の企業の「強さ」につながります。

 

 

一方、従業員が労働に見合った対価を得ているにもかかわらず、賃金制度の設計ミスにより、法的には未払残業代が生じてしまっているというケースもよくあります。

この場合は、争うべきです。

 

設計ミスに気付いた特定の従業員のみが得をして、他の従業員に分配すべき原資が減るという事態は避けるべきだからです。

また、労働に見合った対価を得ていた従業員にさらに甘い蜜を吸わせることは、その従業員のこれから続く長い人生を見ても適切なこととは思えません。

 

そのため、未払残業代の発生が賃金制度の設計ミスによる場合は、争うべきです。

 

そして、同様の事態を繰り返すことがないよう、賃金制度の設計をきちんと見直すことが重要です。

会社の内部制度の設計・構築は売上に直結するものではありません。そのため、多くの中小企業経営者は労使関係の制度構築や就業規則の整備を後回しにしがちです。

 

しかし、「人」は会社の基礎となる重要な資産です。

そのため、賃金、評価など従業員のモチベーションに関連する制度の設計・構築にも十分な時間をかけなければなりません。

 

もし、未払残業代の請求を受けた場合、「争うことに大義はあるのか」、十分に検討して、方針を決める必要があります。

そのためには、弁護士と経営者がしっかりと向き合い、本音で議論、対話を深めなければなりません。

 

弁護士は代理人という立場にあり、究極的には、クライアントの希望を叶えることに全力を尽くさなければなりません。

しかし、弁護士が盲目的に経営者の言いなりになることは、クライアントへの真の貢献ではありません。

 

 

 

 

5 解決結果のまとめ

 

A社の未払残業代は、「争うべきもの」でした。

そのため、法的な危うさは理解しつつも、自らの主張の正当性を信じて、可能な限りの反論を尽くしました。

 

その結果、訴訟提起からわずか4ヶ月という短期間で、請求額のわずか15%という金額で勝訴的和解を得ることができました。

 

その後、A社の賃金制度の見直しにも着手しました。

今後、賃金制度の穴を突いた思わぬ請求を受けることはないはずです。

 

 

当事務所では、未払残業代請求の対応、賃金制度の設計と運用等を行っております。

一例として以下のような業務を行っておりますので、まずはお問い合わせください。

 

労使関係法務

 

 

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弁護士・中小企業診断士 荒武 宏明