飲食店における店舗閉店時の対応
弁護士・中小企業診断士の荒武です。
飲食店の営業時間制限も緩和され、客足も戻りつつあるようです。
しかし、人手不足の問題が再燃しており、店舗の閉店を余儀なくされるケースも生じています。
この記事では、店舗閉店時における従業員対応について解説します。
基本的には、①配置転換、②退職勧奨、③解雇を順に検討することになりますので、以下ではこの順に沿って解説します。
目次
配転は以下のように定義されます。
「使用者の命令による労働者の配置の転換であって、職務内容または勤務場所が相当の長期間にわたって変更されるもの」
(菅野・労働法11版補正684頁)
つまり、配転には、職務内容が変わる場合、勤務場所が変わる場合の両方が含まれます。
店舗の閉店時には、
① 別店舗で勤務してもらう
② 本社の総務部等で勤務してもらう
といった対応が生じますので、勤務場所は必ず変わりますし、職務内容が変わることもあります。
飲食店の人材不足が進む中、貴重な人材を守るため、まずは配転を検討しましょう。
難波店を閉鎖するため、梅田店での勤務をお願いする。
このように、物理的に配転が可能であるにもかかわらず、従業員が配転を拒むときにはどのように対応すればよいでしょうか?
配転せずに退職するという従業員を引き留めることはできませんが、できることはあります。
配転に応じてくれるよう、一生懸命、説明、説得するのです。
説明をする時には以下のポイントを押さえてください。
・配転が必要な理由
・配転後の勤務場所、職務内容
・配転後の賃金(手当の変更の有無)、労働時間、休日等
・配転後の通勤経路、通勤所要時間
この他にも、配転先店舗の人間関係、店長の評判など、働いてみたいと思えるような情報はどんどん提供すべきです。
「配転後の通勤経路、通勤所要時間」はやや細かいと感じられると思います。
しかし、この情報も手続を適法に進めるためには必要な情報です。
以下のように判断した裁判例があります。
会社は、「配転後の通勤所要時間、経路等、控訴人(従業員)において本件配転に伴う利害得失を考慮して合理的な決断をするのに必要な情報を提供しておらず、必要な手順を尽くしていない」
(東京高裁平成12年11月29日判決 メレスグリオ事件・控訴審)
この裁判例では、会社が配転を命じたこと自体は適法と判断されました。
しかし、配転命令に応じなかった従業員を会社が解雇したところ、裁判所は、配転の手続に問題があったという理由で不当解雇だと判断しました。
不当解雇とされた結果、この会社は約3150万円を支払うこととなりました。
このような裁判例もあるため、配転時の説明は徹底的に行いましょう。
従業員が配転に応じることになれば、配転命令通知書を交付します。
配転について説明した内容をできるだけ詳しく記載しておきましょう。
原本に受領のサインをもらって、コピーをとっておいてください。
雇用を守るため、配転が可能であれば、まずは配転をお願いしましょう。
配転をお願いする際には、配転後の条件などについて、十分な説明が必要です。
配転が決まれば、配転命令通知書を交付します。
退職勧奨は以下のように定義されます。
「労働者の退職の意思表示を促すための会社から労働者への働きかけ」
あくまで「働きかけ」であり、強制ではありません。
配転に応じない従業員や、どうしても余剰となってしまう従業員に対しては退職勧奨を行います。
従業員の中には「閉店になるなら、よそにいきます」というスタンスの方もいます。
アルバイトスタッフなどは、このようなスタンスの方も多いと思います。
そのような従業員には退職届を提出してもらって、そのまま退職してもらいましょう。
正社員などは会社との関係性も深いと思われますので、しっかりと面談の時間を確保して退職勧奨を行う必要があります。
退職勧奨の対象となる従業員に対し、退職条件を記載した文書を示して面談を実施します。
退職条件は、自発的な退職のインセンティブとなるものでなければなりません。
例えば、以下のような内容を盛り込むのがよいです。
・未消化の有給の買取り
・割増退職金の支給
・再就職支援
・会社都合退職
従業員が理解を示してくれて金銭給付なしで円満に解決することもありますが、スムーズな退職勧奨には一定の金銭給付が必要になるケースが多いです。
閉店によって売上が減少することから、金銭給付に抵抗を持つ会社も多いです。
しかし、先ほどの裁判例でみた通り、ここで金銭給付をせずに解雇に至った場合、高額の支払いを命じられるリスクがあります。
そのため、退職勧奨では、原則として金銭給付が必要と考えておくべきです。
私のこれまでの経験では、賃金2~6ヵ月分を上乗せ支給することが多かったです。
退職時に「会社都合退職」とするのは、従業員がすぐに雇用保険を受給できるためです。
助成金手続への影響を考慮して、「会社都合退職」とすることに抵抗を示す会社もあります。
しかし、閉店に伴う退職に関しては、従業員には何の落ち度もないのですから、当然に会社都合退職としましょう。
退職勧奨に説得が伴うのは当然ですが、以下の点は注意してください。
・大声を出したり、机を叩いたりしない
・長時間の退職勧奨をしない(最長2時間が目安)
・明確に拒否している場合には、繰り返し退職勧奨をしない(3回が目安)
退職勧奨後、従業員が検討するための時間を与えましょう。
後に、強要された、騙されたなどと言われないためです。
また、会社が提案した退職条件を維持できる期限を定めましょう。
期限を過ぎた場合には条件を適用できないことを明確にし、早期の決断を促すためです。
交渉の結果、従業員が退職勧奨に応じた場合には、退職合意書を交わします。
リスクゼロではないですが、退職合意書を交わしておけば、後にトラブルが生じる可能性はかなり低くなります。
例えば、退職合意書には以下の内容を盛り込むのがよいです。
・退職金の支給額、支払時期
・第三者への口外禁止
・誹謗中傷禁止
・清算条項
退職者によって退職条件が異なることもあるため、「第三者への口外禁止」の条項を入れておきます。
かえって退職者の反発を招くこともあるため、円満に合意に至ったのであれば、「誹謗中傷禁止」の条項は入れなくても
結構です。
「清算条項」は、退職合意書に記載された内容以外に、お互いに何も求めませんということを確認する条項です。
退職勧奨をする時には、退職のインセンティブとなるような条件を文書で示し、真摯に説得します。
従業員が退職に応じるのであれば、最後に退職合意書を交わします。
解雇は以下のように定義されます。
「会社の一方的意思表示による労働契約の終了」
配転にも退職勧奨にも応じない従業員に対し、やむを得ず行う最後の手段です。
解雇は、その後、紛争に発展するリスクが極めて高いので、できる限り避けるべきです。
労働契約法16条は以下のように定めています。
「解雇は、客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当であると認められない場合は、その権利を濫用したものとして
無効とする。」
つまり、解雇には①理由と②相当性が必要であり、どちらかが欠けると無効とされます。
これを「解雇権濫用法理」といいます。
解雇が無効ということは、従業員は解雇されていなかったことになります。
そのため、会社は解雇した時までさかのぼって、賃金を支払わなければなりません。
このさかのぼって支払う賃金を「バックペイ」と呼びます。
解雇後、訴訟の判決が確定するまで2年以上かかることも珍しくありません。
つまり、もし解雇から2年後に解雇無効の判決が確定した場合には、会社は2年分の賃金をさかのぼって支払わなければ
ならないということになります。
このように解雇はリスクが極めて高い行為です。
そのため、この記事の冒頭で閉店時の選択肢として示したものの、「解雇はしない」と考えておいてください。
店舗の閉店に伴う解雇について、従業員には何の落ち度もありません。
そのため、このような解雇について、裁判所は会社に厳しい条件を課します。
裁判所は、以下の4つの要素を考慮して、解雇の有効性を判断します。
① 人員削減の必要性
② 解雇回避措置
③ 人選の合理性
④ 手続の妥当性
これらを「整理解雇の4要素」といいます。
①人員削減の必要性については、店舗を閉店するため人員削減が必要であると説明することになります。
②解雇回避措置が最も重要です。
ここで、会社が配転を試みたこと、退職勧奨を尽くしたことなどが考慮されます。
アルバイトスタッフなど期間限定で雇用している従業員がいる場合には、前もって契約の更新をしないでおくという
対応も必要です。
難波店は閉店するのに、梅田店では新規採用の募集をしているといったことがないよう、各店舗の動向をしっかり把握
しておいてください。
③人選の合理性は、一部店舗の閉店による整理解雇では難しい問題を伴います。
例えば、梅田店は誰も退職しないのに、閉店する難波店からだけ退職者を選ぶとなると不平等です。
したがって、解雇する従業員を選ぶ場合、梅田店と難波店の全従業員を対象に選別する必要があります。
整理解雇の対象者の人選では、一般に、「客観的で合理的な基準に基づいて、公正な人選をすること」が求められます。
しかし、具体的にどのように進めるかは個別に判断せざるを得ません。
そのため、店舗閉店時の手続が解雇にまで至る場合には、必ず事前に弁護士に相談してください。
④手続の妥当性を確保するためには、事前に従業員や労働組合にしっかりと説明しておく必要があります。
解雇に関する最も重要なポイントは、「解雇しないこと」です。
前述の整理解雇の4要素は、「これらの要素を満たせば従業員を有効に解雇できる」というものではありません。
発想の切り替えが必要です。
整理解雇の4要素は、「これらの要素を真摯に検討し尽くせば、誰も解雇しないですむ」というものです。
繰り返しになりますが、企業にとって、解雇は非常にリスクが高い行為です。
「従業員を解雇したら、弁護士から内容証明が届きました」というご相談をよく受けるのですが、その段階ではできることが限られます。
解雇する前には必ず弁護士に相談するようにしてください。
店舗を閉店する際には、多岐にわたる事項を検討し、手続を慎重に進める必要があります。
解雇後に弁護士に相談するとかなり苦しいです。
「退職してくれないが、どうすればよいか」という段階であれば、まだ立て直しはできますが、結局、配転から検討しなおすことになります。
そのため、閉店が決まった、閉店を検討しているという段階で弁護士に相談することをお勧めします。
配転については、以下の記事もご参照ください。
退職勧奨、解雇については、以下の記事もご査収ください。
当事務所では、店舗閉店時の対応について、以下のようなサポートを行っています。
・配転命令通知書の作成
・退職勧奨の助言
・退職勧奨への立会い
・退職合意書の作成
・整理解雇に向けた一連の手続の助言
・団体交渉への立会い
・店舗の原状回復に関するトラブルの対応
店舗閉店時の対応は順を追って準備を進める必要があります。
継続的なサポートが必要ですので、弁護士・中小企業診断士との顧問契約もご検討ください。
find a way 法律事務所
弁護士・中小企業診断士 荒武 宏明