給与前払いサービスって何?法的な問題は?
弁護士・中小企業診断士の荒武です。
最近、給与前払いサービスの広告が増えています。
少し前には、給料日前に給与債権(給料を受け取る権利)を第三者に売却する、給与ファクタリングという現金化手法が流行していました。
給与ファクタリングが、金融庁による注意喚起や、警察の指導による口座凍結等によってほぼ絶滅したことで、これに取って代わる資金調達方法として給与前払いサービスの需要が高まっているようです。
給与前払いサービス事業者(以下「サービス事業者」といいます)は、借金じゃないから従業員の信用情報に傷がつかない、会社も面倒な事務処理をしなくて済む、といったメリットを打ち出していますが、法的な問題はないのでしょうか。
給与を前払いして欲しいという従業員の求めに柔軟に応じることは、福利厚生を充実させますので、法的に問題がないのであれば、導入を検討してみてもよさそうです。
以下で法的リスクや運用コストについて解説させていただきます。
目次
給与前払いサービスとは、平たく言えば、労働者が希望するタイミングで給与の前払いを受けることをサポートするサービスです。
前払いとは、労働者が実際に労働した分の賃金に相当する金額を受け取ることであり、まだ働いていない分の給与を受け取る前借りとは異なります。
給与前払いサービスは、システム提供型とアウトソーシング型の2種類に大別されます。
労働者に対して前払い金を直接支払うのが、サービス事業者か使用者かという点が主な違いです。
サービス事業者が労働者に前払い金を支払うタイプです。
労働者は前払い申請の際や前払い金を受け取る際に手数料を支払います。
使用者がシステム利用料を負担する場合もありますが、ほとんどの場合、使用者に手数料等の費用は発生しません。
使用者は、サービス事業者に後から立替払い金を支払うか、あらかじめ預託金を預けておきます。
手数料は、一定割合(3~6%程度)か一定金額(1件数百円程度)であることが多いです。
これに振込手数料や月額サービス料が加わる場合もあります。
キャッシュフローを阻害しないこと、賃金規程や労使協定の大幅な改定が必要ないことといった利便性から、給与前払いサービスのほとんどがシステム提供型を採用しています。
サービス事業者が労働者の勤怠状況の確認や、金額の計算等の代行のみをするタイプです。
実際に労働者に前払い給与を支払うのは使用者です。
使用者は、給与支払いにあてる現金を準備しておく他、賃金規程や労使協定を改定する必要があります。
また、月額利用料として1万円~5万円、初期費用として10万円~20万円程度の費用が使用者にかかることがあります。
給与ファクタリングとは、ファクタリング事業者が労働者から給与債権を買取る(債権譲渡)という名目で現金を支払う契約です。
債権譲渡といいつつ、ファクタリング事業者が買い取った債権を使用者に対して行使することはまずありません。
労働者が給料日前にファクタリング事業者から7万円を受け取る→労働者が給料日にファクタリング事業者に10万円を返済する、といったお金の流れになっています。
つまり、実質的には、ファクタリング事業者と労働者の二者間での金銭消費貸借契約です。
そのため、給与ファクタリングを事業とするには、貸金業者登録(貸金業法3条1項)が必要となります。
ファクタリング事業者は、貸金業者登録をしていない上、利息制限法を大きく上回る暴利で貸付を行っていたため、給与ファクタリングは明確に違法でした。
そのため、現在では、給与ファクタリングを大々的に行う事業者はほぼ残っていません。
使用者が労働者に直接前払いをするアウトソーシング型は、サービス事業者が金銭を支払っていない点で、ファクタリングとは異なります。
システム提供型も、使用者から立替払い金や預託金を回収する点で、ファクタリングとは異なります。
では、給与前払いサービスは貸金業法上の貸金業にあたらないのでしょうか。
金融庁は、給与前払いサービスが貸金業法2条1項の貸金業に該当するかという質問に対し、
①従業員の勤怠実績に応じた賃金相当額を上限とした給与支払日までの極めて短期間の給与の前払いの立替えであって
②導入企業の支払い能力を補完するための資金の立替えを行っているものではなく
③手数料についても導入企業の信用力によらず一定に決められている
との前提の下では貸金業に該当しないものと考えられると回答しています。
要するに、サービス事業者が使用者や労働者の信用力(返済能力)によらず一定の手数料を収受する行為については、貸付にはあたらないということです。
とはいえ、金融庁は、貸付該当性を経済的側面や実態に照らして判断しており、上記①~③の前提が異なる場合には判断が変わる可能性があると述べています。
では、給与前払いサービスに法的な問題はないのでしょうか。
ア 利息制限法との関係
仮に、給与前払いが貸付にあたる場合、貸金業者登録が必要なこと以外に、利息制限法との関係で問題があります。
利息制限法では、貸金の利息は、元本が10万円未満の場合は年20%まで、元本が10万円以上100万円未満の場合は年18%までとされており、これを超える部分は無効とされています(利息制限法1条柱書、1号及び2号)。
システム提供型の手数料は前払い金の6%であることが多いですが、月利6%は年利に換算すると101.2%なので、手数料が利息とみなされた場合、確実に法定利息を上回ります。
そうなると、労働者からサービス事業者に対し、後に超過部分についての過払い金支払い請求がなされるおそれがあります。
イ 資金決済法37条との関係
使用者がサービス事業者に対してあらかじめ前払い金を預託していた場合、サービス事業者から労働者への前払い金の支払いは
為替取引として扱われます。
100万円以下の為替取引を業として行うには、資金決済法37条の第二種資金移動業者登録が必要となります。
100万円を超える為替取引は銀行業にあたるので、そもそも銀行以外は事業として取り扱うことができません(銀行法4条1項、2条2項2号)。
サービス事業者が第二種資金移動業者登録を受けずに使用者からあらかじめ前払い金の預託を受けていた場合、前払いサービスは違法となります。
ウ 賃金直接払いの原則(労働基準法24条1項)との関係
貸付にあたらないとしても、労働基準法上の問題があります。
労基法24条1項は、賃金を労働者に直接支払わなければならないと定めています。
これに違反すると、賃金の支払いは無効となります。
システム提供型の場合、サービス事業者が間に介在しているため、賃金直接払いの原則に違反しないのでしょうか。
賃金直接払いの原則の趣旨は、中間搾取の排除です。
また、同原則は例外がほとんど認められておらず、親権者や代理人ですら労働者の代わりに給与を受け取れません。
労基法24条1項の趣旨と厳格な運用からすると、少額の手数料であっても、使用者と労働者の間に立つサービス事業者が金銭を受け取ることは、同原則に違反するおそれがありそうです。
とはいえ、実際には、労働者が後になって賃金支払いの無効を争う場面というのは考えにくく、この点が大きなリスクとなるおそれは低そうです。
アウトソーシング型は、使用者から直接労働者に給与が前払いされます。
そのため、資金決済法37条や労基法24条1項違反の問題は生じません。
また、手数料も使用者が負担するので、貸金業法や利息制限法の問題も生じません。
アウトソーシング型(自社払い型)であれば、法的リスクはほぼないといってよいでしょう。
ただし、使用者が費用を負担することになる上、賃金規定や労使協定を改定する必要があり、手間がかかります。
使用者が受けるメリットは、面倒な前払い金の金額計算等を代行してもらえるという点に尽きるので、小規模な会社で導入してもコストに見合わないかも知れません。
実際、従業員100名以上の企業を対象としていることを明示しているサービス事業者もあります。
システム提供型についても、懸念すべき点はあるものの、現状では仕組みそのものに具体的なリスクがあるとまではいえません。
他方、給与の前払いが労働者にとっての便宜となることは事実であり、その業者が安全であるかを吟味した上でなら、導入を検討してみる価値はあります。
とはいえ、金融庁は、多重債務者となっている労働者への給与前払いが、かえって労働者の経済的生活を悪化させるおそれがあることを指摘しています。
給与ファクタリングが大規模な摘発を受けたのも、多重債務者が何度も利用してしまう依存性の高さが理由の一つでした。
給与前払いを導入するにあたっては、あくまで不測の事態があった場合に少額の前払いを受けるための制度であることを労働者によく説明しておく必要があります。
また、サービス事業者は大手以外にも多数存在するため、必要な登録をしていなかったり、不当に高額な手数料を設定している業者も混在しているおそれがあります。
小規模な企業が導入するならシステム提供型一択ですが、リスクやコストが釣り合うかどうかは、個々のサービス事業者を見てみなければわかりません。
弊所では、新たな社内制度導入にあたっての法的リスクのチェックやアドバイス、就業規則の作成及び改定といった企業法務案件を多数取扱っております。
特に固定残業制の導入等については多数のご相談をいただいております。(固定残業制については「固定残業手当は効果的なのか?」をご参照ください)
社内で新たな制度を設けることや、これから新規事業を展開することを検討している経営者の方は、是非弊所へご相談ください。
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弁護士・中小企業診断士 荒武 宏明