業務命令としての新型コロナウィルス感染症対策
弁護士・中小企業診断士の荒武です。
新型コロナウィルスと共存する不便な生活にはいつまで経っても慣れないものです。
会社内でも、アルコール消毒液の設置、在宅勤務の導入など、様々な取組みをなさっているものと思います。
意外と知られていないようですが、新型コロナウィルス感染は労災と認められることがあります。
そして、労災と認められると、会社が賠償責任を負う危険があります。
そのため、会社としても、オフィス内での感染症対策を徹底することは重要です。
今回は、従業員に対し、会社が業務命令として、どのような感染症対策を義務付けることができるのかについて解説いたします。
目次
労災とは、「労働災害」を略したものです。
従業員が業務や通勤によって負傷したり、病気になったりした場合、労災保険給付の対象となります。
つまり、従業員が会社の業務中に新型コロナウィルスに感染した場合、労災保険給付の対象となる可能性があります。
「従業員が給付を受けられるのなら、それでいいではないか。そのための労災保険だ。」とも思えますよね。
しかし、会社は従業員に対する安全配慮義務を負っていますので(労働契約法5条)、労災だと認められる場合、会社に賠償責任が発生する危険があります。
労災は、治療費と休業損害の一部は対象とされますが、入院・通院による慰謝料は対象とされません。そのため、従業員が休業損害の不足分や慰謝料を会社に請求するというケースがあるのです。
政府は、医療従事者以外の労働者について、調査により感染経路が特定されない場合であっても、感染リスクが相対的に高いと考えられる労働環境下での業務に従事していた労働者が感染したときは、業務により感染したと認められる可能性があると公表しています。(厚生労働省労働基準局 令和3年6月24日付「新型コロナウィルス感染症の労災補償における取扱いについて」)
特に、①複数の感染者が確認された労働環境課で業務をしていたとき、②顧客等との近接や接触の機会が多い労働環境下での業務を行っていたときには、業務により感染したと認められる可能性があるとされています。
令和3年7月2日18時現在、医療従事者等以外でも、3,302件の請求に対し、1,978件が労災と認定されています。
請求に対する認定率は約60%にもなります。
このような新型コロナウィルス感染症の労災認定状況をみると、従業員の健康を守るのはもちろんのこと、賠償責任を負わないという点からも、会社は感染症対策に積極的に取り組まなくてはなりません。
では、会社は、感染防止のためにどのような取組みをすることができるでしょうか。
会社が業務命令としてどのような感染症対策を義務付けることができるのかという点から考えてみます。
結論としては、職場の秩序維持のために命令することが可能です。
判例においても、従業員は、会社の秩序を遵守する義務を負うとされています(最高裁判所昭和52年12月13日判決-富士重工原水禁事情聴取事件)。
従業員の「仕事はちゃんとしているじゃないか。」という反論は認められないのです。
手洗い等は、感染症対策として効果があると社会的にも認められておりますし、従業員に特別な負担を求めるものでもありません。そのため、会社が全従業員に対する安全配慮義務の履行として、手洗い等を命じることは可能です。
繰り返し命令しても、従業員が手洗い等を行わない場合、十分な指導・教育を行った上、戒告等の軽微な懲戒処分を行います。
ただし、手洗い等を怠ったとしても、直ちに感染が蔓延するわけではありません。そのため、懲戒処分を行い得るとしても、重い処分は避けるべきでしょう。
また、手荒れが酷いといった個別の事情でアルコール消毒に消極的な方もおられるかもしれません。
そのため、指導・教育を行う場合には、個別の事情には十分に配慮する必要があります。
オフィス内でのマスクの着用も、職場の秩序維持のために命令することが可能です。
新型コロナウィルス感染症が飛沫により感染することは広く知られており、マスク着用が感染防止のために有効であることも社会的に広く肯認されています。そのため、会社が全従業員に対する安全配慮義務の履行として、マスク着用を命じることは可能です。
ただし、手洗い等と同様の理由で、重い懲戒処分は避けるべきですし、マスクを着用しない具体的な理由を十分にヒアリングすべきです。
合理的な理由なくマスク着用に応じない場合は、指導・教育、軽微な懲戒処分へと進みます。
周囲の従業員が困惑しているような場合、可能であれば、同僚と接する機会の少ない他の業務への配置転換を検討してもよいでしょう。
会社は、従業員に休憩時間を自由に利用させる義務を負います(労働基準法34条3項)。
従業員は、休憩時間中、同僚とランチしたり、読書したり、昼寝したり、自由に過ごすことができ、会社はこれを邪魔してはいけないのが原則です。
一方で、政府は、「休憩時間の利用について事業場の規律保持上必要な制限を加えることは休憩の目的を害さない限り差し支えない」との通達を出しています(発基17号)。
そのため、食事中の雑談による飛沫感染リスクが広く知られている現在においては、「事業場の規律保持上の必要な制限」として、例外的に、業務命令としてランチの方法を制限することも可能と考えます。
しかしながら、令和3年7月12日現在、飲食店の感染防止対策も進んでおり、大阪府においても4名までであれば酒類提供も可能とされている状況ですので、「ランチは必ず1人で」という制限は行き過ぎかもしれません。
社会状況を踏まえつつ、「同僚とのランチは、ゴールドステッカー認証店で4人までにしてください」といった柔軟な対応を検討すべきです。
また、多人数によるランチを回避するための仕組みとして、従業員ごとの休憩時間をずらすという方法も考えられます。
従業員の休憩時間は一斉に与えなければならないのが原則ですが(労働基準法34条2項)、特定の事業(運送、商業、病院、飲食店など)は例外的に一斉に与えなくてもよいこととされています(労働基準法40条1項、施行規則31条)。
また、業種にかかわらず、労使間で協定を締結すれば、休憩時間を分散して与えることが可能です(労働基準法34条2項ただし書)。
違反時の対応は⑴⑵と同様ですが、やはり、重い懲戒処分は避けるべきと考えます。
会社は、従業員のプライベートに介入することはできません。
業務外の時間を従業員がどのように過ごすかは、原則として自由です。
そのため、取引先との接待禁止は可能であっても、会社が業務命令として仕事帰りの飲み会を一律に禁止することはできません。
ただし、最高裁は、「職場外でされた職務遂行に関係のない労働者の行為であっても、企業の円滑な運営に支障を来すおそれがあるなど企業秩序に関係を有するものもある」として、一定の場合には会社が従業員のプライベートに介入する余地を認めています(最高裁判所昭和58年9月8日判決-関西電力事件)。
したがって、例えば、「飲み会は4人まで」、「ゴールドステッカー認証店以外での飲み会は禁止」など、何らかの社内ルールを定めておくこと自体は問題ありません。
また、もし違反が判明した場合に、社内ルールを遵守するように従業員を説得することも問題ありません。
では、ルール違反があった場合、会社としての正式な指導・教育や懲戒処分を行うことは可能でしょうか。
この点については、以下のような観点から、個別に判断する必要があります。
・会社の事業内容(病院・保健衛生など十分な感染対策が期待される業種か)
・その従業員の業務内容(同僚や顧客と接する業務か)
・ルール違反によって生じた結果(実際の感染、取引先からのクレーム)
例えば、違反した従業員が実際に新型コロナウィルスに感染した場合、他の従業員が濃厚接触者にあたり、就業禁止等の措置をとらなければいけないことがあります。社内の消毒等の対応が必要になることもありますので、会社の業務に具体的な支障が生じます。
また、従業員が多人数の飲み会の様子をSNS等にアップした場合、その様子がネット上に拡散して、会社の社会的評価の低下を招くこともあります。
このような場合には、正式な指導・教育や懲戒処分を行うことも可能と考えます。
ただし、飲み会によって感染したと特定することは困難ですし、社会的評価の低下といっても抽象的なものにとどまりますので、やはり、重い懲戒処分は避けるべきです。
プライベートな行動であったとしても、会社がみんなで守ろうと定めたルールに違反したことは間違いありません。
人事評価や賞与の査定には会社に広い裁量がありますので、ルール違反があった事実を一要素として考慮することは可能です。
また、賃金の支払いは必要ですが、会社が業務命令として、飲み会に参加した従業員に2週間の在宅勤務を命じることも可能です。
会社は、従業員に対して、①オフィスに入る際の手洗い・手指アルコール消毒の義務付け、②オフィス内でのマスク着用の義務付けを命じることができます。
また、会社は、一定の限度で、③休憩時間中の同僚とのランチの禁止、④仕事帰りの飲み会の禁止といった、措置をとることも可能です。
違反があった場合に、指導・教育を行ったり、軽微な懲戒処分をとることも原則として可能です。
何もせずに放置していると、万が一、社内で複数の新型コロナウィルス感染者が出た場合、労災認定される可能性があり、さらには、安全配慮義務違反として賠償責任を負う可能性があります。
そのため、まずは経営陣が感染拡大の状況や都道府県等の規制内容を的確に把握し、従業員にとっても納得感の得やすいルールを作ることが重要です。
ルールを周知する際は、その趣旨も丁寧に説明し、従業員に協力を求めましょう。
従業員がどうしても指示に従わず、退職してもらいたいとお考えの場合は、以下の記事をご参照ください。
当事務所では、以下のようなサポートを行っております。
・オフィス内における感染症対策に関する助言
・感染症対策に関する社内規程、労使協定の整備
・指導・教育等の証拠化に関する文書作成
・従業員との面談の同席
・懲戒処分通知書、配転命令通知書等の文書作成
・労災による損害賠償請求の対応
オフィス内における新型コロナウィルス感染症対策に関する悩みをお持ちの方は、お気軽にお問い合わせください。
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弁護士・中小企業診断士 荒武 宏明