従業員に携帯電話を貸与すると、24時間が労働時間になるか?
弁護士・中小企業診断士の荒武です。
会社が従業員に携帯電話を貸与することがありますよね。
会社は、従業員に携帯電話の電源を入れることを命じ、着信があれば応答するようにと命じます。
そうなると、従業員は常に「電話がかかってくるかもしれない」という状態に置かれます。
仕事から完全に解放されていない以上、24時間365日が労働時間ではないか?
1日8時間を超える時間については、残業代を支払わないといけないのか?
いやいや、そんなわけがない。
それが通常の感覚だと思いますが、法的に突き詰めていくと一筋縄ではいきません。
この記事では、私が実際に担当した事件等を踏まえ、会社から携帯電話の電源を入れておくように命じられた
(スイッチオン命令)従業員の労働時間について検討します。
目次
最高裁判所によると、労働時間とは、
「労働者が使用者の指揮命令下に置かれている時間」をいいます(最判平成12年3月9日・三菱重工業長崎造船所事件など)。
これだとまだ抽象的ですね。
大星ビル管理事件(最判平成14年2月28日)において、最高裁判所は以下のように判断しました。
「労働者が実作業に従事していない仮眠時間が労働時間に当たらないというためには、労働からの解放が保障されていることを
要する」
その上で、最高裁判所は、
①仮眠室での待機を求められていた
②警報等に対して直ちに対応することを義務付けられていた
という2点を指摘し、仮眠時間は全体として労働からの解放が保障されているとはいえないため、仮眠時間も労働時間にあたると判断しました。
警報が鳴らなければ、ゆっくり熟睡できるのですが、それでも労働時間にあたることがあるのです。
大林ファシリティーズ事件(最判平成19年10月19日)において、最高裁判所は以下のように判断しました。
「不活動時間であっても労働からの解放が保障されていない場合には労基法上の労働時間にあたる」
その上で、最高裁判所は、
「マンション管理員が午前7時から午後10時までの時間帯については、住民等からの要望に随時対応するため事実上待機せざるを得ない状態に置かれていたこと」
という点を指摘し、不活動時間であっても労働からの解放が保障されていないため、労働時間にあたると判断しました。
住民等からの要望がなければ、ゆっくりテレビでも観ていたはずですが、それでも労働時間にあたることがあるのですね。
仮眠していても、テレビを観ていても、指示があれば動き出さないといけない。
最高裁判所によると、その場合、仕事をしてない時間も労働時間にあたることがあり得ます。
自宅で昼寝していても、テレビを観ていても、かかってきた電話には出ないといけなくて、指示があれば動き出さないといけない。
その場合、やっぱり仕事をしてない時間も労働時間にあたることがあるのでしょうか?
一度貸与された携帯電話は、24時間365日携帯し続けますよね。
そうなると、24時間365日分の給料を支払わないといけないのでしょうか?
最高裁判決の事例とスイッチオン命令のケースでは2つの違いがあります。
1つ目の違いは、場所的拘束性の有無です。
最高裁判決では、ビル管理の警備員、マンション管理員ともに、特定の場所にいることが義務付けられていました。
一方で、スイッチオン命令のケースでは、自宅に帰ることもできますし、買い物に行くこともできます。
つまり、場所的拘束性がないのです。
2つ目の違いは、所定労働時間の内外です。
ビル管理の警備員の事件では、24時間の泊まり勤務中に与えられた連続7時間~9時間の仮眠時間の扱いが問題になりました。
マンション管理員事件では、就業規則で始業午前9時、終業午後6時とされていた状況で、午前7時~午前9時、午後6時~午後10時が労働時間か否かが問題になりました。
つまり、始業時間、終業時間が何時なのかが問題になったのです。
一方で、スイッチオン命令のケースでは、終業時間に「お疲れ様でした~」と帰宅した後、自宅で携帯電話を持っている時間が労働時間か問題になります。
つまり、2つの最高裁判決は、所定労働時間の【内側】で、「労働からの解放が保障されているか」問題になっているのです。
一方で、スイッチオン命令のケースでは、所定労働時間の【外側】で、「携帯電話に出ないといけない状況が、新たに労働時間と言えるのか」が問題になるのです。
この微妙な違い、ご理解いただけるでしょうか。
【内側】の場合、労働から解放された!と言えるためには、積極的に殻を打ち破らないといけません。
【外側】の場合、一旦殻の外に出ているので、それでも労働時間と言うためには、再び労働の世界に戻ってこないといけないのです。一旦、【外側】に出ると、労働時間と言うためには高いハードルが課されるのです。
スイッチオン命令の事例に関する最高裁判所の判断はまだありません。
地方裁判所では、以下のような判断がされています。
・修理工場の依頼があれば、現場に赴き修理作業を行う
・不活動時間は、寄宿舎の自室で自由に過ごして待機するが、外出には規制なし
・私服で過ごし、テレビ鑑賞、麻雀、飲酒、入浴は自由
→労働時間にあたらない
(東京地方裁判所平成20年3月27日判決)
以上を踏まえますと、スイッチオン命令を受けた携帯電話の所持時間は労働時間にはあたりません。
その理由は、場所的拘束性が無いこと、所定労働時間の【外側】の問題であることの2点です。
⑶の東京地方裁判所の判断も妥当です。
しかし、最高裁判所の判断がないという点がミソで、判断を間違えそうになる裁判官もいます。
当事務所で扱った事件でも、和解協議の中で、大星ビル管理事件(前述のビル管理の警備員の事件)の判断を引いて、
「携帯電話を持っている以上、24時間365日が労働時間になるように思います」
と言った裁判官がいました。
私は、「いやいや、何を言ってるんですか、そんなわけないでしょう!!」と、場所的拘束性と所定労働時間の内外の話をして、必死に説得したことがありました。
1ヵ月後に開催された2回目の和解協議の時は、裁判官の考えも変わっており、無事に和解に至ったのですが、危ないところでした。間違えた判断をされたら最悪です…。
なお、携帯電話に出て通話した時間や、通話後に通話内容をメモしたりした実働時間は、もちろん労働時間です。
しかし、携帯電話を持っているだけでは労働時間にはなりません。
携帯電話を持っていても、友達と飲みに行ったり、暖かい布団で眠るのですから、そのような時間が労働時間でないことは当たり前です。
従業員に携帯電話を貸与すると24時間が労働時間か?
いえ、そんなわけがありません。
しかし、前述のとおり、誤った判断をしそうになる裁判官もいます。
最終的には間違いに気付いてくれたのですが、とてもハラハラし、2回目の和解協議までは結構なストレスでした。
元々勤務していた事務所の先輩弁護士に相談したところ、「いや、そんなわけないやろ」と言っていただいたので、自信を持って二度目の和解協議に臨むことができました。
当事務所は、労使関係法務に注力しています。
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弁護士・中小企業診断士 荒武 宏明