飲食店退去時の紛争について、保証金全額返還の合意をした事例
弁護士・中小企業診断士の荒武です。
今回は、飲食店退去時に保証金の返還に関する紛争が生じたケースを紹介します。
当事務所は、店舗の借主から依頼を受け、貸主と交渉しました。
貸主は借主に対し、原状回復費用から保証金を控除した約500万円の支払いを求めてきました。
しかし、最終的には借主の原状回復義務を免除し、かつ保証金全額を借主に返還するという内容の合意書を交わすに至りました。
目次
ご相談者のA社は、複数の飲食店を経営する企業です。
A社は、B社からビルの1フロア(以下「本物件」といいます)を賃借し、居酒屋を経営していました。
ところが、B社は、A社に対し、令和2年10月頃、ビルを取り壊すために令和3年7月末をもって本物件から退去して欲しいと通知してきました。その際、B社は、原状回復は不要だし、保証金も全額を返還すると述べました。
A社は、以下のような諸事情を考慮して、退去に応じることにしました。
・本物件の店舗はコロナの影響で休止中であり、今後の見通しも不透明であったこと
・原状回復が不要になり、保証金300万円全額が返還されることにメリットを感じたこと
・B社担当者が本物件の賃貸借契約が定期借家契約であると述べたこと
令和3年7月、本物件の明渡作業がほぼ完了した頃、突然、B社から本物件のスケルトン工事の見積書がFAXされてきました。工事費用は約800万円でした。
A社は、B社に対し、聞いていた話と違うと抗議しました。
すると、B社は、保証金300万円を差し出せば、不足の工事費用約500万円を請求しないと一方的な主張をしてきました。
B社の主張はあまりにも理不尽であるとして、A社の担当者が当事務所に相談に来られました。
弁護士は、A社から、賃貸借契約書やメールのやり取り等の開示を受け、A社とB社との法律関係を分析検討しました。
その結果、法的にB社の主張は認められないと判断し、当方の主張を記載した文書を内容証明郵便にてB社に送付しました。
その後、B社にも代理人弁護士が就きましたが、最終的に、A社が保証金300万円全額の返還を受けるとの合意書を交わすに
至りました。
当方から内容証明郵便を送付してから、合意書を交わすまでの期間は4ヶ月でした。
A社とB社との賃貸借契約書によると、本物件をスケルトン状態にして返還することになっていました。
しかし、B社がA社に本物件の明渡しを求めた際、B社の担当者は、口頭ではあるものの、原状回復不要、保証金全額返還との
条件を提示していました。
そのため、A社はB社に対して、上記の条件で合意したはずであるとメールを送りましたが、B社からの返信はありませんでした。
弁護士は、上記の条件を口頭で合意したと立証することは困難と判断し、さらに契約内容を精査することとしました。
建物の賃借人は借地借家法で保護されています。
建物の賃貸人が賃貸借契約の更新を拒否したり、解約しようとする場合には、「正当の事由」が必要とされています(借地借家法28条)。
しかし、公正証書等の書面によって契約をすれば、期間を定めて賃貸借契約をすることができます。
これを定期建物賃貸借(定期借家契約)といいます。
定期借家契約であれば、定めた期間をもって賃貸人が明渡しを求めることができます。
B社は、A社に対し、本物件の賃貸借契約が定期借家契約であるとして、令和3年7月末で退去するように求めていました。
しかし、弁護士がA社とB社の賃貸借契約書を精査したところ、契約期間が2年ごとに更新されるとの記載があるのみでした。
つまり、期間は特に定められておらず、A社とB社の賃貸借契約は定期借家契約ではなかったのです。
A社とB社の賃貸借契約は定期借家契約ではありませんでした。
しかし、法律関係を精査した結果、A社はやはり本物件から退去せざるを得ないとの結論に至りました。
本物件の所有者はB社ではなく、本物件には別のオーナーがおりました。
A社は、令和2年9月頃、本物件のオーナーからも「定期建物賃貸借契約終了に関するご通知」という文書を受け取っていました(借地借家法34条1項)。
つまり、B社は、本物件を定期借家契約で借りたものの、A社に転貸する際に定期借家契約にすることを失念していたのです。
根っこにあるオーナーとB社との賃貸借契約が終了する以上、A社は本物件に居座ることができなくなります。
ただし、B社は契約に違反して、本物件をA社に貸せなくなったということになります。
そのため、B社は、契約違反によってA社に生じた損害を賠償しなければなりません。
以上のような法的整理を経て、B社に対する損害賠償請求の通知を内容証明郵便で送付することにしました。
A社の損害としては、以下のような項目を記載しました。
・店舗移転までの営業利益
・店舗移転期間中の人件費
・店舗移転費用(引っ越し代)
一方、A社が本物件を退去する際には原状回復して返還する必要があります。
B社は、スケルトン工事の費用として800万円の見積書を提示していました。
しかし、弁護士が本物件のあるビルを見に行ってみると、既に取壊し工事を開始していました。
取り壊すビルの一室をスケルトン状態に戻す必要はありませんので、B社の提示する見積書は明らかに過剰なものでした。
結局、A社の損害に保証金300万円を加えた金額から、最低限の原状回復費用200万円を控除した約1000万円をB社に
請求しました。
その後、B社にも代理人弁護士が就任し、反論の文書が届きました。
B社の反論は以下のようなものでした。
・A社が令和3年4月以降、本物件での営業を中止しており、そもそも利益が出ていない
・営業中止により、本物件の退去以前から人員を他店舗で就労させていたと考えられる
・営業中止により、新店舗での営業再開に疑念がある
・什器類も残置されており撤去費用等を含めると見積書とおりの工事費用がかかる
弁護士は、B社の反論を踏まえ、A社と打合せを行いました。
今後の方針として、B社の資力が不十分であること等を考慮して、訴訟を回避して早期解決を目指すこととしました。
目標として、少なくとも保証金300万円の回収を目指すこととなりました。
弁護士は、B社の代理人に電話をし、早期解決に向けた交渉を行いました。
新型コロナウィルス感染症の拡大がいつまでも続くとは考えられず、A社もいずれは本物件での営業再開を目標に家賃を支払いつつ経営を維持してきたといった説明を行いました。
さらに、A社の損害賠償請求が法的には当然に認められるものであることを主張し、保証金300万円さえ返還するのであれば、訴訟は回避可能であると説得しました。
数日後、B社の代理人弁護士から電話があり、B社がA社に300万円を返還するという内容で和解することとなりました。
B社の資力の都合上、長期の分割払いとなりましたので、B社の取締役による連帯保証も合意書に入れることとなりました。
紛争に関係する文書、特に契約書を精査することは非常に重要です。
契約条項をつぶさに観察することによって、解決の糸口が見つかることがあります。
本件では、A社の社長からこれまので経緯を伺い、まず、「原状回復不要、保証金全額返還の口頭による合意の立証」という課題から検討を進めました。
その課題の克服が困難であったため、次に契約書を検討した結果、契約の欠陥を発見することができました。
また、早期に合理的な紛争解決を図るという視点も重要です。
本件でも、損害賠償請求の訴訟まで行えば、より高額な賠償金を得られる可能性はありました。
しかし、現在は新型コロナウィルス感染症により将来の予測が困難な時代です。
A社が本物件での営業を休止していたという事情、店舗移転が叶うかも不透明な現状を考慮すると、裁判所がA社の損害をどこまで認めるかも予測困難です。
何よりも請求相手であるB社が倒産により消滅してしまう可能性もあります。
A社の社長が極めて合理的な思考の持ち主であったため、当初より保証金300万円の返還を目標に定めて交渉を行うことが
できました。
本件では、最終的に、A社が原状回復義務を負うことなく、保証金300万円全額の返還を受けるとの合意書を交わすに至りました。
当事務所では、外食産業、飲食業界に特化したリーガルサービスに注力しております。
飲食店では、物件のオーナーとのトラブルが付き物です。
トラブルは退去時に生じることが多いですが、事前に店舗賃貸借契約書のリーガルチェックを受けることで、契約内容の特徴や
リスクなどを把握することができます。
また、契約書にあまりにも借主に不利な条項があった場合には削除・訂正を求める必要もあります。
飲食業関連法務に関しては、一例として以下のような業務を行っておりますので、まずはお問い合わせください。
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弁護士・中小企業診断士 荒武 宏明