退職者による顧客引抜きの防ぎ方
弁護士・中小企業診断士の荒武です。
従業員がお客様と信頼関係を構築してくれることは大変ありがたいことです。
しかし、その従業員が同業他社に就職したり、独立したりすると、お客様が付いて行ってしまうということが起こります。
それが「引抜き」なのかはともかく、従業員退職に伴う顧客流出に関するご相談が増えています。
この記事では、退職者による顧客引抜きの防ぎ方について、解説します。
目次
競業避止義務とは、競業他社に就職したり、競業する事業を自ら行うことを禁止するというものです。
退職者が競業避止義務を負うのであれば、顧客を引き抜く心配がありません。
当事務所にも、競業避止義務を含んだ誓約書を作成して欲しいというご相談が多数あります。
しかし、退職者が競業避止義務を負うということは、退職者がこれまでに身に付けた知識やスキルを同一業界で活用できないということです。そうすると、憲法で保障された職業選択の自由を一般企業が制限してもよいのか、という問題になります。
そのため、裁判所が競業避止義務を無効と判断するケースは非常に多いです。
裁判所は、競業避止条項(退職者に競業避止義務を課す条項)の有効性について、以下のような点を総合的に考慮して判断しています。
・退職者の地位
会社の機密情報に接してきた経営幹部が競業他社に転職して、会社のノウハウを利用するのは困ります。反対に、アルバイトの清掃スタッフが競業他社のフロアをピカピカにしても、特に不都合はありません。
そのため、退職者の社内での地位が高かった場合、競業避止義務を課す必要性が高いとして、有効と判断されやすくなります。
・期間
競業避止義務を負う期間が短いほど有効と判断されやすくなります。
退職者が競業避止義務を負う期間を1~2年に制限することが多いです。
・範囲
競業避止義務を負う地理的範囲が狭いほど有効と判断されやすくなります。
「日本国内において」より、「大阪府において」としたほうが有効に傾きます。
会社が大阪府内にしかなく、東京の会社とは競業関係にないのであれば、大阪だけに限定したほうがよいです。
・代償措置
退職者が競業避止義務を負うことに伴う代償措置を受けている場合、有効と判断されやすくなります。
在職中に賃金が高かったとか、退職時に上乗せ退職金を受給しているといった事情が考慮されます。
しかし、期間を1年に制限し、地理的範囲を制限したにもかかわらず、競業避止条項が無効と判断された裁判例も存在します。
そのため、本当に競業自体を禁止する必要性があるのか、慎重に検討しましょう。
誓約書に競業避止条項を入れることは競業の抑止力にはなり得ます。
しかし、仮に、競業が判明したとしても、会社としては何もできないことが多いと思われます。
取引禁止義務とは、退職者が会社の顧客と取引することを禁止する条項です。
競業自体を禁止しなくても、取引きさえ禁止すれば、顧客の引抜きを防ぐことができることも多いでしょう。
また、職業選択の自由を制限しないので、裁判で無効と判断される可能性も低いです。
「競業を禁止したい」とのご相談を受けた際、その理由を聞いた上で、取引禁止義務を誓約書に入れるようおすすめすることもよくあります。
取引禁止条項も無制限で有効とされるわけではありません。
誓約書に盛り込む際は、以下の点に注意しましょう。
・期間の制限
退職者が元顧客と金輪際取引きできないとなると、さすがに制限が強すぎるので、無効と判断される可能性があります。
取引禁止の期間は2年以内にしましょう。
・退職者が担当していた顧客に限定する
全顧客を対象とすると範囲が広すぎるので、無効と判断される可能性があります。
顧客との既存の信頼関係を利用して引抜くことを制限するのが目的なので、退職者が担当していた顧客のみを取引禁止の対象とすれば結構です。
・取引を禁止する
顧客側から従業員に接触があることも多いので、取引そのものを禁止しましょう。
誓約書に以下のような条項を入れておきましょう。
第●条
従業員は、退職後2年間、会社在職中に担当した顧客に対し、会社と競業する商品またはサービスを提供してはならない。
競業避止義務、取引禁止義務は退職後のことです。
そのため、競業避止義務、取引禁止義務を盛り込んだ誓約書を交わすのは退職後でもよさそうに思います。
しかし、退職時に誓約書への署名を求めても拒否されることがあります。
そのため、入社時や昇進時にも誓約書を取得しておきましょう。
また、会社の機密情報に関わる特定のプロジェクトに割り当てた時にも誓約書を取得しておきましょう。
従業員が退職するタイミングで、引抜きを防ぎたいとご相談いただくことが多いのですが、この時点ではできることに限界があります。
従業員と担当顧客との関係性が密な事業を行っているのであれば、あらかじめ適切な内容の誓約書を整えておくことが重要です。
退職時に誓約書への署名捺印を拒否された場合、誓約書を一条ずつ読み聞かせ、読み聞かせたという記録(録音、録画など)を残しておきましょう。
違反が発覚した場合には以下の請求ができます。
違反によって会社に生じた損害の賠償を求めることができます。
この場合、会社に生じた損害とは何でしょうか。
取引禁止義務の違反があったということは、退職者がその顧客との取引きを開始していることになります。
つまり、会社とその顧客との取引きが無くなっていたり、減少しているはずです。
それに伴う利益の減少分を逸失利益として請求することができます。
では、逸失利益が認められる期間はどれくらいでしょうか?
過去の裁判例をみると、裁判所は短期間しか認めてくれません。
退職者がその顧客と取引きしなかったとしても、会社とその顧客との取引がいつまで続いたかはわからないからです。
一般的には、3~6ヵ月程度になります。
退職者に対し、取引きの差止めを求めることができます。
ただし、裁判の口頭弁論終結時(判決直前の裁判が終わる日)までに、退職者が負っていた取引禁止の期間が到来すると、差止めができなくなります。
取引禁止の期間が1年の場合、差止めが間に合わないでしょう。
裁判をしている間も、退職者はどんどん顧客を引き抜くかもしれません。
また、判決が出る頃には、退職者が負う取引禁止の期間が到来してしまうかもしれません。
そこで、差止めの仮処分を裁判所に申し立てて、直ちに退職者の取引行為を差し止めることを検討します。
就業規則や誓約書に根拠があれば、取引禁止に違反した退職者に退職金を支給しない・返還を求めることができます。
ただし、退職金には賃金の後払いといった性質があります。
そのため、取引禁止の違反が「永年の勤続の功労を抹消又は減殺するほどの著しい不信行為」と言える必要があります。
カッコ内は裁判所の表現ですが、堅苦しいですね。
要するに、取引禁止違反が、これまで頑張ってきた功績を台無しにするような場合には退職金を支給しないことができるという意味です。
退職金ゼロはなかなか認められませんので、退職金を50%~100%減額するというルールにしておき、行為の悪質性によって個別に減額割合を考えるのがよいです。
これまで、会社から退職者に対するアプローチを解説してきました。
しかし、最も効果的な引抜対策は、担当者の退職によって不安、不都合が生じないよう、十分なお客様ケアを行うことです。
例えば、以下のような対応を取りましょう。
・退職者の上長からお客様に対し、従来の担当者が退職する旨の連絡を入れる。
・退職者と新たな担当者が一緒にお客様を訪問する。
・訪問時、退職者が新たな担当者をお客様に紹介し、十分な引継ぎを行うことを説明する。
・新たな担当者は、お客様との信頼関係を構築できるようマメなケアを行う。
担当者レベルではなく、会社とお客様との信頼関係を強固なものにすることが、一番の引抜対策となります。
今回の記事では、退職者による顧客引抜きの防ぎ方を解説しました。
顧客引抜きを防ぐためには、退職後の顧客との取引禁止条項を盛り込んだ誓約書への署名捺印をもらっておきましょう。
退職時に初めて署名捺印を求めても応じてくれないことがあります。
そのため、誓約書は、会社の業態や顧客との関係性に応じて、きちんとした内容のものを事前に準備しておきましょう。
当事務所では、以下のようなサービスを提供しております。
・就業規則のリーガルチェック、作成
・誓約書の作成
・退職者の引抜き行為に対する損害賠償請求等の事後対応
・退職に伴う担当者交代時の顧客対応に関する助言
従業員と顧客との関係性が密で、万が一のために備えて誓約書等を整備しておきたいという方は、問合せフォームよりお気軽にお問い合わせください。
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弁護士・中小企業診断士 荒武 宏明