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今更遅い?知っておきたい侮辱罪厳罰化のあれこれ


 

こんにちは。弁護士・中小企業診断士の荒武です。

 

自分が「侮辱罪で逮捕されるかもしれない」と考えたことはあるでしょうか?

ほとんどの方が、「自分は犯罪とは無縁で、逮捕されることなどない」と考えておられるはずです。

 

しかし、現在、衆議院本会議で審議に付されている侮辱罪の厳罰化が実現すると、誰もが、意図せず犯罪に加担してしまう可能性があります。

 

本稿では「刑法等の一部を改正する法律案」に含まれる侮辱罪の厳罰化の問題点について筆を執らせていただきます。

 

Facebook、twitterをやっている方は、今回の法改正に是非とも注目してほしいです。

本稿を読んでいただき、法改正が実現した場合に何が起こるのか、どんなリスクがあるのか、十分に理解しておきましょう。

 

1 はじめに

 

現行法の侮辱罪(刑法231条)の法定刑は「拘留または科料」とされています。

 

拘留は30日未満の身体拘束、科料は1万円未満の金銭納付命令を意味します。

 

昨年10月、法制審議会から法務大臣に対し、侮辱罪の法定刑に「1年以下の懲役・禁錮または30万円以下の罰金」を追加

すべきという意見が出されました。

 

このような意見が出された背景として、SNS等における誹謗中傷被害が社会問題化していることが挙げられています。

 

近年、誹謗中傷を受けたことによる痛ましい事件が多発しており、被害者救済方法の充実を図る必要性が増しています。

 

とはいえ、厳罰化という手段を採ることについては、様々な反対意見が寄せられています。

本稿ではその中でも代表的なものをピックアップして言及させていただきます。

 

 

 

 

2 処罰範囲の広さ

 

侮辱罪の処罰範囲が非常に広く、厳罰化の影響が広範囲にわたるため、過度に表現の自由を委縮させるとの批判があります。

 

では、実際侮辱罪の処罰範囲はどの程度広いのか。同様の行為を罰する名誉棄損罪(刑法230条)と比較してみましょう。

 

 

(1)文言の比較

 

名誉棄損罪は、「公然と事実を摘示」する行為のみに成立するものですが、侮辱罪は「事実を摘示しなくても、公然と人を侮辱」する行為に成立します。

 

すなわち、侮辱罪は、事実摘示によるかそれ以外の方法によるかを問わず、あらゆる表現行為に成立し得ます。

 

文章や発語によるものだけでなく、イラストやジェスチャーにも成立するので、似顔絵を描いたり中指を立てる動作等にも成立する余地があります。

 

また、231条の「侮辱」は「他人に対する軽蔑の表示」を意味すると解されていますが、「軽蔑」の意味するところは明らかではありません。

 

特定の表現が「軽蔑の表示」にあたるか否かを正確に判断するのは専門家でも困難を極めるでしょう。

 

 

 

 

(2)特例の有無

 

名誉棄損罪には「公共の利害に関する場合の特例」(230条の2)が併設されています。

 

ざっくり説明すると、

①当該事実が公共の利害に関するもの

②公益目的がある

③当該事実が真実である

と証明されれば、違法性がないとされ犯罪が成立しない

という特例です。

 

ちなみに、真実であることの証明が出来なくても、真実であると誤信したことについて確実な資料・根拠に照らして相当の理由があれば故意がないとされ、やはり犯罪は成立しないことになります。

 

他方、侮辱罪についてはこのような特例は存在しません。

 

事実の摘示を伴わない侮辱について真実性は問題とならないので、名誉棄損罪同様の特例を設けることは不適切でしょう。

 

しかし、立憲民主党の対案のように加害目的を有する場合に限定する等、何らかの絞りをかける案はもっと検討されてもよいのではないかと思われます。

 

 

 

 

(3)まとめ

 

要するに、侮辱罪はそもそも名誉棄損罪よりはるかに処罰範囲が広いにもかかわらず、名誉棄損罪のような表現の自由に配慮した特例が存在しません。

 

現行の侮辱罪のように刑罰が軽くほとんど逮捕もされないのならば国民の不利益は事実上少なく済みますが、後述するように侮辱罪の改正は逮捕要件にも影響を与えます。

 

このような不利益を十分にケアすることなく改正手続を進めるのであれば、議論が性急に過ぎるとの批判は免れないでしょう。

 

 

 

 

3 教唆者・従犯も処罰されること

 

教唆とは、人に犯罪遂行の意思を生じさせて、犯罪を実行させることです。

従犯とは、他人の犯罪を容易ならしめることです。

 

刑法64条は「拘留又は科料にのみ処すべき罪の教唆者及び従犯は、特別の規定がなければ、罰しない」と定めています。

 

このため現行法下では、侮辱罪の教唆者、従犯は処罰されません。

 

しかし、改正後の侮辱罪の法定刑は懲役・禁錮又は罰金なので、刑法64条が適用されず、教唆者及び従犯も処罰されます。

 

すなわち、自分では何ら侮辱をしていなくても、他者が侮辱行為をしたことの刑事責任を問われ得ることになります。

 

実際には、侮辱罪の教唆や従犯で処罰される事態は、よほど極端な事例でない限り想定しにくいです。

 

とはいえ、他者を焚きつけて侮辱にあたる書き込みをさせた人に教唆犯・従犯が成立する余地が生まれ、捜査の対象となり得るようになれば、インターネットの使用感そのものが大いに変わってしまうおそれがあります。

 

 

 

 

4 逮捕・勾留要件の引き下げ

 

(1)逮捕について

 

逮捕とは、被疑者を身体拘束する措置のことです。拘束期間は最大72時間です。

 

刑事訴訟法199条1項ただし書は、被疑者を逮捕できる場合について、「三十万円以下の罰金、拘留又は科料に当たる罪については」「被疑者が定まった住居を有しない場合又は正当な理由なく前条の規定による出頭の求めに応じない場合に限る」とし、微罪による逮捕のハードルを上げています。

 

しかし、侮辱罪が改正されれば、法定刑に「1年以下の懲役・禁錮」を含むこととなるため、同項ただし書が適用されないこととなります。

 

すなわち、定まった住居を有しかつ出頭拒否していなくても逮捕され得るようになります

 

 

 

 

(2)勾留について

 

勾留とは、被疑者又は被告人を刑事施設において身体拘束する措置のことです。拘束期間は最大20日(原則10日以内+10日以内の延長)です。

 

勾留についても、刑事訴訟法は60条3項において、「三十万円以下の罰金、拘留又は科料に当たる事件については」被疑者・被告人が「定まった住居を有しない場合に限り」勾留することができると定めています。

 

しかし、逮捕の場合と同様に、法定刑に「1年以下の懲役・禁錮」を含む改正侮辱罪は、60条3項の適用を受けません。

 

すなわち、定まった住居を有していても、被疑者・被告人が「罪証を隠滅すると疑うに足る相当な理由があるとき」(60条1項2号)又は「逃亡すると疑うに足る相当な理由があるとき」(同項3号)には勾留され得るようになります。

 

ツイートや書き込みを削除する、アカウントを削除するといった行為が(たとえ自分の非を悔いる趣旨であっても)罪証隠滅とみなされ得ることからすると、勾留要件は現行法と比べて大きく緩和された(勾留されやすくなった)といえるでしょう。

 

 

 

 

(3)まとめ

 

定まった住居さえ有していれば、出頭拒否をしない限り逮捕・勾留されない現行法と異なり、改正侮辱罪は逮捕・勾留のハードルが著しく下がっています。

 

仮に不起訴や罰金で済んだとしても、最大23日間の身体拘束を受ける不利益は決して軽いものとはいえません。

職場や学校等に事情を説明する必要も生じます。

 

改正議論において軽視されがちですが、このような捜査段階での不利益も看過できないポイントです。

 

 

 

 

5 被害者救済として適切か

 

侮辱罪は処罰範囲が広い一方で、「公然と」侮辱した場合にのみ成立します。

 

「公然」とは、不特定又は多数人に知覚されている状態をいい、密室において1対1で侮辱する場合には公然性の要件を満たしません。

 

確かに、多くの人に見られる場でなされる侮辱は目につきやすいです。

 

しかし、ダイレクトメッセージやメール等によって密かになされる侮辱も一定数存在します。

そのような実態からすると、オープンな侮辱は厳しく罰するがクローズドな侮辱は放任するという被害者救済はいかにも均衡を失するように思われます。

 

また、これまで公然と侮辱を行っていた人達が非公然の侮辱へとやり方をシフトしていくことで、ネット上での誹謗中傷の実態が把握しにくくなるという懸念もあります。

 

 

 

 

6 結語

 

以上の記述をまとめると、改正によって

 

①侮辱罪の処罰範囲が更に広くなった上に逮捕・勾留されるおそれが高くなる

②公然性のない侮辱に対する対策はなされていない

ということです。

 

法律案自体は未だ審議中であり、改正が決定したわけではありません。

 

しかし、世論の注目度は高いとはいえず、むしろ改正を後押しする風潮もそれなりに強いことからすると、可決されるおそれは十分現実的であるといえます。

 

警視庁「サイバー空間をめぐる脅威の情勢等」の統計データによれば、インターネット上での名誉棄損・誹謗中傷被害の相談件数は年々増加しています。

 

また、最近では自分のブログにつけられたコメントをあえて過激な誹謗中傷に改竄して発信者情報開示請求をするという嫌がらせの手口も報告されています。

 

他者を傷つけないように気をつけるのは社会に生きる者として当然のマナーですが、はずみで強い言葉を使ってしまうことは誰にでもあります。

意図せず加害者となってしまうリスクは日に日に高まっています。

 

法的紛争は何より初動が肝心です。炎上に発展しやすいネットトラブルなら尚更です。

 

うっかり過激なツイートをしてしまったり、個人を貶める書き込みをしてしまった場合、お一人で抱え込まず勇気を出して弁護士にご相談されることをおすすめいたします。

 

 

 

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弁護士・中小企業診断士 荒武 宏明