【飲食店】お客様の服を汚してしまった場合の対応
弁護士・中小企業診断士の荒武です。
「お客様の洋服にコーヒーをこぼしてしまって、かなりお怒りなのですが…」
飲食店を経営されているクライアントから、LINEでこのようなご連絡をいただくことがあります。
美味しい食事をいただきたい、ほっとひと息つきたい、そんな思いで来店されたお客様ですので、洋服を汚されてお怒りになるのはもっともです。
対応方法を間違えると、大クレームに発展して、お店の評判がガタ落ち…なんてことになりかねません。
この場合、どのように対応するのがよいでしょうか?
飲食店の経営者とお話をしていると、「顧客とのトラブルをさばくのは個人の力量」と誤解されていることが多いように思います。
しかし、顧客対応には方法論があります。
今回の記事では、「飲食店でお客様の服を汚してしまった」などの場面について、正しい対応を解説します。
飲食店に限らず、店舗でお客様と接するお仕事をされている方にも参考になる内容です。
目次
お客様の洋服を汚してしまった場合、謝罪をして、クリーニング代をお支払いするといった対応がよく連想されます。
これは法的に考えても正解です。
お客様の服を汚してしまった場合、ミスをしたスタッフ個人は損害賠償責任を負います(民法709条)。
また、飲食店自体も使用者責任を負います(民法715条)。
そして、法律上はお金で賠償するのが原則です(民法722条1項、417条)。
そのため、飲食店がお客様に生じた損害として、クリーニング代相当額を賠償するのは法的にも正しい対応なのです。
水をこぼして、お客様のスマートフォンが故障したという場合はどうでしょうか。
この場合、修理費用を賠償するということになります。
ただし、修理不能な場合や、修理費用が高くなりすぎる場合には、法的には、スマートフォンの時価額を賠償します。
スマートフォンの時価額は、中古の同一機種を入手するのにかかる費用を参考にします。
また、使用期間に応じて、定価から減額して時価額を決めることもあります。
税務上、ノートPCの耐用年数は4年とされています。
そのため、例えば、購入後2年が経っているスマートフォンであれば、定価の1/2を時価額として賠償します。
ただし、これはあくまで法的な理屈です。
スマートフォンに保存していたお子様の写真などの価値は反映されていません。
そのため、このような法的な理屈は踏まえつつも、お客様に納得いただける提案をする必要があります。
法的な理屈を理解しておけば、お客様と話し合う時の安心感につながると思います。
ただし、お客様に理屈を説明すると、怒りを招くことになりかねませんので、説明の仕方は気を付けましょう。
お客様がテイクアウト用として他店で買ったケーキの上に水をこぼして食べられなくなってしまった場合について考えましょう。
前に述べたとおり、法律上はお金で賠償するのが原則です。
そのため、怒ったお客様が「同じものを用意しろ!」と求めてきても、お断りできます(お客様に「金銭賠償が原則ですよ」と言わないように)。
しかし、ケーキなどのように再調達が可能な商品であれば、お客様の了解を得て、新品をお渡しするということももちろん可能です。
このように法律の原則にとらわれず、お客様に納得いただけるよう柔軟に考えることが重要です。
この場合、クリーニング代などに加え、治療費、通院交通費などのお支払いが必要になります。
お客様の連絡先を伺い、後日、実際にかかった治療費等を確認して、お支払いしましょう。
重傷であれば高額の賠償責任を負うことがあります。
例えば、スタッフと衝突したお客様が転倒し、立ち上がれないといった場合には必要に応じて救急車を呼び、店舗の責任者も病院に同行しましょう。
賠償すべき項目は、治療費、休業損害、慰謝料など多岐にわたることがあります。
賠償額が高額になりますので、弁護士に相談したほうがよいです。
賠償内容が確定したときは、必ず示談書を作成しましょう。
レストランの床にこぼれていた水にお客様が足を滑らせて転倒し、左大腿骨骨折の重傷を負ったというケースでは、裁判所が飲食店に約912万円の支払いを命じました(東京地判平成18年3月27日)。
このような場合に備え、施設賠償責任保険には加入しておいたほうがよいと思います。
クリーニング代等をお支払いすれば、損害賠償は完了していますので、法的には、お食事代をいただいて構いません。
服を汚したことによる損害賠償請求と、飲食物の提供契約とは全く別ですので、お客様にお食事代を請求することができます。
または、クリーニング代等の相当額をお食事代から控除するということも可能です(法的には相殺ということになります)。
ただし、ここでも理屈だけで考えるのはよくありません。
お客様のお気に入りの洋服が汚れて、大いにショックを受けておられるというのであれば、クリーニング代のお支払いに加えて、お食事代をいただかない、割引券をお渡しするなど柔軟に対応しましょう。
何よりもまず真摯に謝罪しましょう。
その後、予め用意しておいた事故報告書の書式に沿って、事実確認、ヒアリングを行います。
事故報告書は、5W1Hを意識して、評価ではなく、客観的事実を聴取する内容にしておきましょう。
事故報告書には、以下の項目を載せておきます。
・発生日時
・発生場所(席)
・発生原因
・被害物品
・被害物品の汚損破損部分の写真貼付け欄
・お客様にお支払いした金額
・お客様から受領した領収証の貼付け欄
・お客様のお名前、住所、電話番号
・お客様の署名欄
これらの項目を載せておき、必要な範囲で記入しましょう。
あくまで聴取に徹し、この段階ではお客様に回答しません。
このようにマニュアル化しておくことで、オペレーションもスムーズになりますし、スタッフの安心感にもつながります。
お客様に対し、「被害物品の写真を撮らせて欲しい」とは頼みにくいと思います。
その場合でも、「事故報告書に写真を貼り付けるルールになっておりまして」と、事故報告書を利用すれば、少し頼みやすくないでしょうか。
お客様が「大丈夫です、気になさらないでください」と仰っているときは、簡単なヒアリングで済ませるという対応もあります。この場合には、写真撮影、領収証、お客様の署名などは省略したほうがよいでしょう。
念のため、店舗責任者の名刺は渡しておきましょう。
お客様が大変お怒りで、クリーニング代等をお支払いすると言っても納得されないこともあるでしょう。
まずはしっかりと謝罪しましょう。
謝罪をしたことによって、法的に不利になることはありません。
基本的には、お怒りであってもお客様の要求を承諾すれば、対応は完了するはずです。
そのため、お客様の希望、要求を正確に確認することが重要です。
要求が過剰であれば毅然とお断りし、適正と考える対案を提示しましょう。
例えば、以下のように毅然とお断りします。
「私たちは誠意をもってお話を伺い、きちんと謝罪いたしました。」
「お客様のご要望にはお応えできかねます。」
「既にお伝えしたとおり、当店としてご提案できるのは、●●です。」
こちらの提案に納得されない場合であっても、何度も同じ回答を繰り返します。
堂々巡りのこう着状態に陥って構いません。提案が適正と考えるのであれば、同じ回答を繰り返し、対応コストを小さくしましょう。
以下のような場合はクレーマーと判断し、連絡先を聞いた上で、お帰りいただくよう促します。
① 理不尽な要求
「慰謝料100万円を払え」、「自宅まで謝罪に来い」、「土下座しろ」、「社長を出せ」
② 具体的な要求がない
「謝罪に誠意がない」、「誠意をみせろ」、「そもそもこの店は…」
③ 言葉、態度が不当
「こいつをクビにしろ」、「お前、頭が悪いのか」、「ネットにばらまくぞ」
それでも帰らない場合、不退去罪、業務妨害罪にあたるため、警察に通報します。
当事務所の弁護士の対応事例として以下のようなケースがあります。
・店長の携帯電話を通じて弁護士がお客様とお話しし、ご納得いただいたケース
・執拗な電話などの迷惑行為を繰り返す人物に対し、内容証明郵便による受任通知を発送し、迷惑行為を止めさせたケース
それでも収まらない場合、仮処分命令申立てといって、裁判所から「●●店に立ち入ってはならない」という命令を出してもらう手続もあります。
店長がスタッフに対し、「最終的には弁護士に対応を任せることもできる」と伝えることは、スタッフの安心感につながるようです。
事故発生前の準備段階は以下の2点です。
① 法的にはどうなるかを知っておく
お客様に法律の理屈を話すわけではありませんが、究極的にどうなるかを知っておけば、自信と安心感をもってお客様とお話しできます。
② 事故報告書を作成しておく
スタッフの安心感につながり、言いにくいことが言いやすくなるという効果があります。
事故発生後の対応は以下のとおりです。
① 真摯に謝罪する。
② 事故報告書に沿って状況確認、事情聴取する。
③ お客様のご要望を確認し、弁償の提案をする。
④ 過剰な要求を受けた場合は毅然とお断りし、適正と考える対案を提示する。
⑤ それでも怒りが収まらない場合は、お帰りいただくよう促す。
⑥ それでも帰らない場合は、警察に通報するか、弁護士に連絡する。
当事務所では、顧客とのトラブルに関し、以下のようなサービスを提供しております。
・事故報告書の作成
・顧客に対する謝罪文の添削、作成
・示談書の作成
・顧客対応の助言
・顧客との交渉(飲食店の代理人として)
・被害届の提出、刑事告訴(土下座の強要等の違法行為があったとき)
・仮処分命令申立て
・インターネット上の誹謗中傷の削除請求
・従業員向け顧客対応研修
当事務所は飲食業関連法務に注力しており、「LINE相談を中心とする飲食店限定の法律顧問プラン」をリーズナブルな価格で提供しております。
お客様とのトラブルに心配がある方は、ご利用をご検討ください。
顧問弁護士の選び方、使いについては以下の記事をご参照ください。
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弁護士・中小企業診断士 荒武 宏明